今まで作った音楽を羅列するページです。
制作履歴
- 2020.12.12 1stアルバム『季節を透いて見る旧時』(2023.01.01 令和五年再録・りみっくす版を公開)
- 2021.10.02 2ndアルバム『アトピーのうた』(2023.05.31 令和五年再録・りみっくす版を公開)
- 2021.12.31 シングル『ハイロウズを聴かせて』
- 2022.06.05 和風インストアルバム『音筏』
- 2022.08.13 シングル『ジュース (ブルーハワイのかき氷ver)』
- 2022.10.31 シングル『落書き帳』
- 2022.12.10 シングル『ゴッホ(こんがらがって)』
- 2023.04.30 両A面シングル『棟方志功のノミで頭をえぐり取られた / 峠の甘酒』
- 2023.10.14 3rdアルバム『憂キ世ノ唄』
- 2023.11.12 シングル『僕は今日も無力無善寺で歌ってる』
- 2023.12.16 4thアルバム『残飯』
- 2024.01.20 DVD限定収録曲『裏日本』(片山さゆ里共作曲)
- 2024.06.01 5thアルバム『27年前の私に送る秋田の詩たち。』
- 2024.08.31 シングル『裏日本(リアレンジver)』(片山さゆ里共作曲)
- 2024.09.28 シングル『亀のいる木橋』
- 2024.11.23 シングル『絵を描きます。』
- 2025.04.05 ライブアルバム『工房ムジカ、令和六年夏。空、鈍色。天気、雷雨。』
- 2025.12.20 シングル『蜂蜜シークァーサー』
- 2025.12.27 シングル『高円寺、一年二か月。まだ知らない。何も分からない。』
- 2026.03.07 シングル『ハタハタ男のブルース』
- 2026.04.18 シングル『じゅんさい音頭』
- 2026.05.03 ライブアルバム『散逸記』
- 2026.05.16 シングル『厭世・秋田音頭』
- 2026.05.31 アルバム『秋田弁を嗤え』
季節を透いて見る旧時
制作期間半年を経てリリースされた1stアルバム。
前年から公開されていた楽曲のリアレンジ・再録を含む、全16曲が収録されている。
殆どの作品が初期の作品であり、明るくポップな内容。
アトピーのうた
全体的に暗い曲ばかりで、厭世的な内容の2nd『アトピーのうた』。
郷里の秋田弁を使用した楽曲や、自己の内面に迫る陰鬱な楽曲が多く、1stとはうって変わってひたすらに暗いアルバムとなっている。
代表曲『犬の川』『アトピーのうた』収録。
ハイロウズを聴かせて
2021年に最後に制作した作品。久々にロックンロールしてみました。
音筏
BGMとして制作していたインスト和風曲の中から、気に入っている曲を抽出及びリアレンジして1枚のアルバムに纏めたもの。
個人的には一番最初に作った和風曲である『じゅんさい通りで八日頃に』『梨畑への散歩道』がお気に入り。
ジュース (ブルーハワイのかき氷ver)
既存の楽曲『ジュース』のレゲエアレンジバージョン。ただレゲエがやりたかっただけ。
落書き帳
描きかけたままの漫画を忘れて、僕は僕では無くなっていた。
ゴッホ(こんがらがって)
ゴッホの絵を見てこんがらがった僕は、この歌を作らずにはいられなかった。
棟方志功のノミで頭をえぐり取られた / 峠の甘酒
前者は、日本を代表する青森出身の版画家「棟方志功」を題材とした曲。
後者は、東海道箱根路を歩いた際に描いた詩である。
憂キ世ノ唄
二年半ほど前から浮世絵・日本画への傾倒著しく、次から次に生まれた楽曲を一つのアルバムにしたのです。
僕は今日も無力無善寺で歌ってる
2023年の2月2日。ずーっと居場所の無かった私が居場所を見つけて、本当に楽しい日々が始まった。
ある日、私は吉原悲劇氏に言った「悲劇さん、私は無善寺に来るようになってから楽しいんですよ」と。
するとこんな言葉が返ってきた。
「だったらその楽しさを歌にすれば良い!」
言われた直後から、この言葉がずっと頭の中でぐるぐるぐるぐると回っていた。
次の日、自然と曲が生まれた。
『僕は今日も無力無善寺で歌ってる』
私自身が今年作った数多くの曲の中で、一番好きな曲。
残飯
凡そ2年前以前に作った曲の中で、気に入っている楽曲を寄せ集めたもの。
即ち、残り物の『残飯』なのであります。
ロックンロールを主題とした楽曲が幾つかあり、言わば過去の作風の最後の残り香が感じられるという面も。
珍しく統一性の無い、バラエティに富んだ内容になっています。
27年前の私に送る秋田の詩たち。
私の歌が詰まった作品を、やっと作れました。
私は、私が私であった事に感謝しています。過去のすべてに感謝しています。
苦しくて良かった。辛くて良かった。泣いてて良かった。ぜんぶ、ぜんぶ良かった。
嬉しいんです。今、こんな曲を作れる事が。
私の曲を聴いてくれる人がいる事が、私にとっての生きる意味なのです。
私は、私が分かります。あなたは、あなたが分かります。たぶんそうゆう事なんじゃないかと。
一所懸命作りました。手に取って貰えたら嬉しいです。
裏日本(リアレンジver)
ツーマンライブ”裏日本”で一度演奏した後、封印を解き一人で歌っていた同曲を大幅にアレンジに手を加え新たにリリース。
見えるだろうか。黒い、黒い日本海が。
亀のいる木橋
外来種問題、と言うのを皆さんご存じだろう。定義を借用すると”もともとその地域にいなかったのに、人間の活動によって意図的・非意図的に持ち込まれた生きもののこと”である。
無論、益は無く害だけの存在だ。だからと言って、その命をゴミの如く殺して良いのかとなると別問題である。
本作『亀のいる木橋』は、私が実際に遭遇したミドリガメに関する出来事を元に作った衝撃作。
命についての根幹的な命題を持ち、問いを投げかけるのだ。或る人は、同曲を聴いて「ガザの進行が浮かんだ」と言った。
この曲に触れる事で、改めて”命”について考えて貰えたら嬉しい。
絵を描きます。
絵を描く事が、兎に角楽しい。物心ついた時から、絵を描いていた。
中学時代は漫画を只管に描いていた。が、周りに流され創作から遠ざかるように。
時は流れ27歳、私は音楽を始めた。30歳頃に浮世絵で衝撃を受け、以後美術に傾倒。再び筆を持ちたくなった。
描いた。描いた。描いた。少しずつ、自分の絵が見え始めて来ている。そんな気がして。
自分で”良い”と思える絵を描けた瞬間、いつも思うんです。生きてて良かった、生きてて良かったと。
何度、終わりにしようと思ったか分からない。折れても、クレヨンはまだ使える。使い切ったと思っても、チューブを鋏で切ればまだ絵具が出て来る。だから、今日も絵を描きます。
工房ムジカ、令和六年夏。空、鈍色。天気、雷雨。
2024年7月20日に工房ムジカにて行った、初・独演会『27年前の私に送る秋田の詩たち。』の模様を全編音源化。
当日は酷い雷雨。演出かのように入り込む雨と雷の音。
ライブの内容も圧巻。 店主・葛原りょう氏はライブ後に、以下のように書き残している。
「こんなに全身血の気の全力で引くライブは初めてだ。 圧倒的な虚無感。語りの冴えが痛ましく、リアルの極み。 月曜日の雪。犬の川。亀の串刺し、ばあちゃんの遺影。 上田病院。アトピーの歌。怒涛のギターの畳みかけ。 言い尽くせぬライブだった。 たしかに梅雨明けの日暮里は雪国だった。」
筆舌に尽くしきれぬ地獄の世界、心して体感して貰いたい。 いざ、地獄の世界へ。
高円寺物語(EP)
配信では都合上別シングルとしてリリースするが、CDでは両A面で表題は『高円寺物語』。
『僕は今日も無力無善寺で歌ってる』から始まる連作・高円寺の作品群であり、今回の2曲を含め完結する。
完全に秋田に帰ってしまうので、今後は新しい”高円寺曲”は生まれないだろう。
私が無力無善寺で過ごした一年八か月が凝縮された作品群だ。堪能して貰いたい。
ハタハタ男のブルース
君は鰰を知ってるか?
秋田県の県魚とも言える魚であり、県民の冬の食卓に欠かせない魚だ。
然し近年、裏日本の海に異変が起きている。
鰰が取れないのだ。最盛期には文字通りに湯水の如く取れ、圧倒的な安価で提供され余ったのは肥料用に売られたりしてた程なのに。
理由は諸説あり、海水温の上昇と過去の取り過ぎなどが挙げられる。
果たして鰰はいずれ帰ってくるのか?
私は今年、数える程度しか鰰を食べてない。ブリコは一度食っただけか。
腹一杯また鰰を食いたい。そして旨い日本酒を飲みたい。全秋田県民の夢だ。
だから私はブルースを歌う。
鰰への愛と、喜びと、嘆きと、悲しみを全部込めて。
聴いてください。ハタハタ男のブルース。
じゅんさい音頭
貴方は『じゅんさい音頭』を知っているか?
秋田県の旧・山本町に昭和の時代から根付いてるローカルナンバーで、秋田県民でも町民以外はまず知らない。
近代に入って町の振興を目的に作られた楽曲だが、これこそフォークであり民謡である。
秋田弁ブルースを代名詞のひとつとしてライブ活動を始めて以降、名刺代わりのナンバーとして歌われてきたこの曲が待望の音源化。
氏の素地が多様に織り込まれた盆踊りロックナンバーとしてアレンジされており、まさに踊らずにはいられない一曲だ。
活動を通して”じゅんさい”の知名度向上に頼まれもせず取り組まれて来たが、音源によりさらに広く膾炙される事が望まれる。
ついに世界に響く時がやって来たのだ。じゅんさい音頭が。
散逸記
ライブで披露したきりで音源化されていない楽曲を集めて収録した、特殊なライブアルバム。
このままだとこれらの曲は散逸し、遺失すると考えたので発表して残しておこうとした次第である。
収録場所は無力無善寺・新宿rutoなど、東京時代に根城にしてた店の名が散見される。
本作の曲は、今後再び演奏される事はあるのだろうか。それは誰にも分からない。
厭世・秋田音頭
日本最古のラップと言われる秋田音頭。
広く膾炙しているお国自慢とは裏腹に、本作は「厭世」と題している通りかけ離れた世界観だ。
謎に現近代のラップか何かのようなアレンジがされ、全体に独自の解釈が成されている。
氏の作品群においては初めてジャンルが”ラップ”となる楽曲だが、果たしてこれがラップなのかそれ以外なのか当人ですら分からない。一先ず、この実験的独創民謡に耳を傾けてみてはいかがだろうか。
秋田弁を嗤え
祖父母のいる環境で育った。 自ずから、訛りが強くなった。秋田弁だ。
高校生の時に、同級生から喋り方を馬鹿にされた。
以来、私の中で方言への劣等感が生まれた。
だから音楽を始めても当たり前のように標準語で詩を書いて、標準語で歌を歌っていた。
ある時から、自分のルーツに関心が向くようになり詩の内容が土着的になり始める。 それと同時に、言葉へも関心が向くようになり徐々に曲に秋田弁を入れ始めた。
最終的にその流れは秋田弁ブルースと言うモノを生んだ。
東北で馬鹿にされ、蔑まれた言葉が都会でライブ活動してみると絶大に受け入れられた。
「秋田弁の歌もっと聴きたい」
「何言ってるか全く分からないけどそれが良い」
「君の歌を聴くのが毎月楽しみなんだよ」
私の中の劣等感は雲散霧消し、自信と誇りに変わった。
嗤いたい人は笑えばよい。私は大きな声で、これからも秋田弁で歌い続けるから。